『宮路一昭のミュージックファクトリー』(Vol. 6)
1999年11月24日更新
みなさ〜ん!元気でしたか?
宮路一昭です。
またまた、今回も1ヶ月も更新が遅れてしまいました。
まだかまだかと、宮路に催促のメールを頂きました皆様。
お待たせしました、『ミューファクVol. 6』のお時間ですよ!。
実は、前回の『ミューファク』を更新してから、宮路は作曲と言う名の戦場にいます。
某メーカーのGB&PSゲームの音楽制作。
宮路が音楽プロデュースのイベントの作曲&ステージ。
(このイベントには『モーニング娘。』も参加してくれました。)
そして、11月12日に発注が来た、来年から始まるアニメ(テレ朝系全国24局ネット)の
音楽を11月中に80曲を作曲&レコーディング。
自分でも信じられませんが、全て順調にこなしております。(順調すぎて恐い!)
今回の『ミューファクVol. 6』もレコーディング中に書いております。
そして、いよいよ12月に入ると本陣『さくまあきら組』が本格的に活動して行きますので
宮路もいよいよ、本隊に合流して2000年ミレニアムを迎えていかねばと考えております。
前回は『ミューファク』は『音楽との出合い!』(上京編・Part 1)を中心にお話しました。
今回は『音楽との出合い!』(上京編・Part 2/ローディー物語り)をお話します。
1982年 5月
宮路は、『電話アタック作戦!』で憧れのスタジオミュージシャンの『北島健二』さんの
初めてのローディーになりました。
(※『電話アタック作戦!』については前回の『ミューファク』を御覧下さい)
北島健二さんは、現在『フェンス・オブ・ディフェンス』のギタリストです。
ローディーとは、業界用語では「ボーヤ」といい、楽器を運んだりお手伝いする人です。
北島さんのローディーを始めたのは良かったんですが、ローディーをやる上で大変重要な物を
宮路はまだ持っていませんでした。
それは、自動車の運転免許でした。
でも、北島さんはローディーとして暖かく?迎えてくれました。
実際にどのようなことをするか、簡単にお話します。
免許がない宮路は、レコーディングスタジオで北島さんと待ち合わせします。
車からギターやアンプ、エフェクターなどを下ろしてスタジオに運びます。
当時の北島さんのセットは、エレキギターが2本、アンプが1台、2U のラックと
エフェクターボードという、凄くシンプルなセットでした。
後で聞いた話ですが、宮路の次のローディーさんから機材が山のように増えたらしいです。
スタジオに入る時には必ず『おはようございま〜す!』と元気よく入ります。
そこで、セッティングする場所を聞いて、楽器をセットします。
ここから先は、北島さんがギターをチューニングしたり音色を作ったりします。
その間、宮路は北島さんの一挙手一投足を食い入るように見ていました。
北島さんから一番影響を受けたことは、『表現力』です。
技術的には『チョーキングやビブラート』です。
演奏する上で一番重要な『表現力』を若いうちに身に付けられたことが現在、
現役ミュージシャンが続けられている証拠だと思います。
宮路は「トトのスティーブルカサー」「ジェフベック」「ラリーカールトン」
「ジャーニーのニールショーン」などの『泣きの速弾き系』ギタリストが好きです。
北島さんも「ジェフベック」好きでは日本の第一人者です。
やはり、彼等に言えることは『バッグンの表現力』だと思います。
それと、最も大事な『挨拶』です。
挨拶が出来なければ、どんな世界でもやってはいけないと思いますよ。
北島さんのセッションが終わると、楽器をかたずけて帰ります。
帰る時にも『お疲れ様でした〜!』と元気よく帰ります。
終電が無い時間にはなんと、北島さんが仙川の宮路のアパートまで送ってくれました。
本当にいい人です。北島健二さんは。
北島さんとは6歳違いですが、一緒にギターをコピーしたりいろいろなことを学びました。
でも、そのローディーも半年で終わる時が来ました。
なぜなら、いよいよ宮路自身がプロとしての活動を始めようとしていたからです。
と、今回の『音楽との出合い!』(上京編・Part 2/ローディー物語り)はここまでです。
次回はいよいよ『音楽との出合い!』の(プロデビュー編)をお送り致します。
はたして、宮路はどうやってプロになったのか?こう御期待。
そして、あと38日で2000年ミレニアム!いよいよ1900年代最後の12月です。
12月はそう、8日には東芝EMIより音楽CD『桃太郎電鉄〜SOKOZIKARA〜』が発売されます。
12月16日にはハドソンよりPSソフト『桃太郎電鉄 V(ブイ)』が2年ぶりの発売です。
どちらも、『桃鉄チームスタッフ』会心の一撃!
みなさんも楽しみに待っていて下さいね。
それではまた次回。
チャオ!