『宮路一昭のミュージックファクトリー』(Vol. 8)
2000年1月24日更新

皆様、おくればせながら「あけおめ!ことよろ!」(笑)
Y2K問題も無事に乗り切りいよいよ今世紀最後の年です。
これをもちまして、クレジットカードは使用できません?(By=桃鉄)
友達のミュージシャンからは「桃太郎ランド」が高すぎて買えない〜よ!とか、
スリの銀次を捕まえるカードが欲しいとか、いろいろお電話、Eーメールをいただきまして
今後の桃鉄会議に使えるネタの数々有り難うございました。
是非、皆様の御意見を繁栄できるようにがんばりま〜す。
今年もよろしくお願いします。
それでは『ミューファクVol. 8』のお時間ですよ!

昨年の年末、子供がインフルエンザで宮路家恒例の年末ディズニーランドは行けませんでした。
いつもは38度の熱でも元気な子供が今回ばかりは熱にうなされていました。
みなさんも、インフルエンザや風邪は恐いので御注意ください。
ん、テレビでニュースをやっている。
え〜〜〜〜!
あの、金さん銀さんの金さんがお亡くなりになったそうです。
風邪をこじらし、、、107歳。
今、御注意と書いていた矢先の出来事でびっくりしています。
金さんには御冥福申し上げます。

前回の『ミューファク』は『音楽との出合い!』(ミュージシャンデビュー編)をお話しました。
今回は『音楽との出合い!』(プロ一軍半?の生活編)です。

19才で花々しい(?)デビューを飾った宮路は気分はプロミュージシャン?
でも、1ヶ月に2〜3本の仕事ではじぇんじぇん食っていけません。
田舎では前回の「タモリの今夜は最高!」に出演してからは、仕送り停止?状態。
ちょっと見栄はって「ばんばん仕事があるから」などと口走らなければ、、、とほほ。
それで、気軽に休めるアルバイト(笑)をしながらミュージシャン活動を始めるべく職探し、
でも、これが全然ありません。(あたりまえ!)
結局、アルバイトを転々としながらのミュージシャン生活、本当に食えませんでした。
食えないけどミュージシャン!彼女はいました。
この頃おつき合いしていただいたみなさま、本当にお世話(?)になりました。

1度こんなことがありました。
ミュージシャンで仕事を始め出すといろいろ楽器が欲しくなります。
ラッキーなことに、19才でESPとエンドース契約が出来たのでギターは全部ただ!
現在も、ESP のカタログに宮路が載っています。
*ESPとは日本のギターショップで海外にもお店があり、チャー、アルフィー、ルナシー、
ストーンズのロンウッド、メタリカ、ジョージリンチなどなど、
数百人のエンドース契約者がいる日本一のカスタムギターメーカーです。
音楽学校もやっていて、毎年プロミュージシャンを目指して全国から約2000人入学してきます。

でも、ギターアンプや音楽機材は自前なので、買わなくてはいけましぇん。
それで、結局は食費を削ってそのお金を捻出していました。
ある日、京王線の仙川駅近くの西友ストアーの前で立ちくらみ、その直後
西友ストアーの前の金物屋さんに積んであったバケツに頭からダイブ。
そうです、生涯2度目のダイブはケーキではなく、バケツでした。(笑)
たまたま、友人が一緒だったのですぐ救急車を呼んでもらい、病院に着いたら先生から
「栄養失調から来た貧血」と言われました。
この頃は、1週間の食費が1000円。
今では信じられない金額ですが、無理してましたホント。
この間も、奥さんに「昔、一緒に行った所覚えてる?」と聞かれてまっ先に「仙川のMr.ドーナッツ」と
答えてしまい、奥さんにシカトされてしまいました。
本当は「調布の飛行場」と答えてほしかったみたいです。

21才の時に小田急線の経堂に引っ越ししてきました。
現在、36才なのでもう15年も経堂に住んでいるんですね。
多分、次に引っ越ししても経堂だと思います。そのくらい気にいっています、経堂。
経堂に引っ越してからすぐに「異人館」という西洋骨董屋さんでバイトしました。
ここの若旦那が学習院卒で御学友にミュージシャンの難波弘之さんがいて、ミュージシャンには
理解がある人でした。(昨年このお店は閉店しました)
アールヌーボやアールデコ、マイセンなどを毎日見ている内に西洋骨董が好きになりましたが
高すぎて買えません。(笑)
アールヌーボならランプ系、マイセンなら昔のお人形系が好きです。
理解があっても不定期に休むと問題も出てきます。
若旦那は「ミュージシャンだからしょうがない!」と言ってくれたのですが
他の従業員さんの立て前上1年で辞めました。
22才からどうにか食えるようになる24才まで、経堂のレンタルビデオ屋さんで
アルバイトをしていました。
映画が好きだったのもありなかな良いバイトでした。
ここの店長さんが、また昔ミュージシャン(自称)でかなり理解がありました。
この頃は年収が300万位で、ミュージシャンとアルバイトの比率も半々位まで来ました。
でも、仕事が増えると音楽機材も増えていきます。
これから、ミュージシャンを目指す人にアドバイス!
ミュージシャンは先攻投資が他の職業と比べてかなり多い職業と覚えていて下さい。

そんなこんなで、夢の「音楽だけで食う!」は19才でデビューして24才で実現しました。
それでも、自由業ですから夢が多い分保証はありません。
36才になった現在でも少しも気が抜けないのが現実です。

何でもそうですが、「やりたいことがあったら、諦めずにやる!」
これしかないと思います。
後は、○○バカ!になる。
宮路は今思い出すと本当にギターバカ!だったと思います。(今でもそうですが)
そして、将来自分がどうなりたいかの「VISION」を持つ。これが肝心です。

宮路は「さくまあきら」さんと出会って大きな目標が出来ました。
さくまさんからいろいろなことをやってきた話を聞きましたが、
見事なまでにマルチクリエーターです。

自分も将来は音楽をベースにしたマルチクリエーターを目指す覚悟です。
もちろんこの中にはゲーム作り、音楽プロデュース、アーティストなど自分ができることは
何でもやろうと思っています。

さて、今年最初の『ミュージックファクトリー』はいかがでしたか?
次回は、ミュージシャンとして食えるようになってからのエピソードを中心にお話したいと思います。
ツアーの裏話やレコーディング秘話です。
今年も、『宮路一昭のミュージックファクトリー』をよろしくお願い致します。

それではまた次回!
チャオ!

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